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3-14 篤の企て

***14*** 

弁護士は、相変わらず姿勢をきちんと正したまま篤に言った。

「奥様は、本当はあなたに何もかも話すつもりだったのかもしれませんね」

篤は歯を食いしばると顔を上げ、重い口を開いた。「……それが何なんですか? 過ぎてしまったことを今更、ああだこうだ言っても始まらないでしょう?!」

声を荒げた篤に対し、弁護士は微動だにせず答えた。「仰る通りです。しかし困りましたね、失踪からもうすぐ1ヶ月……ですか。……ところで、依頼されている探偵社は何という所ですか?」

篤は探偵社の名前を言った。

「………そうですか、そこでしたか」弁護士はそう言うと少しの間思案するように視線を落としたが、すぐまたまっすぐ篤を見据えた。

「奥様はあなたに、現在妊娠中の第ニ子を育てる意思がないことを悟り、出て行った。これは間違いないでしょう。浦原さん、あなたは奥様に仰ったとおり、本当に子供を育てる気は全くないんでしょうか?」

篤はイライラした様子で眉間を抑えた。「ありませんよ、育てる気ならあなたにこんな相談はしない」

「わかりました」

弁護士は短くそう言うと、手元にあったペンをまた手に取った。

「プロの探偵が探しても、まだ奥様は見つからない。となれば……あなたの仰るように、もし精神に異常をきたしていらっしゃるとすると、奥様はおそらくもうどこかで自らの命を絶っているでしょう」

篤は怒り立ち上がった。「ですから彼女は、子供の命を粗末にするような女では……!」

「しかし奥様はご長男を置いて出て行った。それが精神異常の証拠だとすれば間違いない、お腹の子を道連れに死ぬことも厭わないでしょう」

「そんなことはない!! 何を根拠にそんな!!」

取り乱す篤に対し、弁護士は落ち着き払った声で「何を根拠に、ですか」と言うと、篤の顔を見つめたまま手の中のペンをくるりと回転させた。

「浦原さん。本当は、奥様が精神に異常などきたしてはいないと、あなたは思っている。そうでしょう?」

篤は息を呑み、口を閉ざした。

「ご本人が正常な精神状態で、明確な出産の意志を持っている以上、たとえ夫であっても無理に中絶をさせることはできません」

篤は取り乱し叫んだ。

「そんな! 腹の子のせいで、朝子がどれほど苦しんでるかあなたに分かるのですか?! いちひとだってそうだ!! 私だって……!! 朝子は私の妻だ!! 妻は夫の言うことをきちんと守っていればそれでいい!! 彼女がたとえどう言おうと私は……」

「しかしそれは法に反しますし第一、人としての道徳にも反する行為ですよ? それに奥様は夫婦であることを放棄して出て行った。届出書もきちんと記入されている。奥様の方には、明確な離婚の意思がある」そう言うと、弁護士は下を向き持っていたペンをぽとりと書類の上に落とした。

篤は額に青筋を浮かべて声を張り上げた。「それでも私が離婚に応じない限り、私たちは夫婦だ! 違いますか?!」

「違いません。あなたの仰る通りです。しかし、おそらく奥様が見つかっても離婚を請求されるでしょうね」

篤は必死になって弁護士にすがった。「それは駄目です。彼女はいちひとの母親なんだ! 何とか方法はありませんか?! 妻が、朝子が家を出て行かないで済む方法が!!」

「奥様を繋ぎとめる方法でしたら、ないこともないですよ。……ここからは弁護士としてのお話です」

弁護士はうっすら笑うと、薄いファイルから取り出した書類を篤に見せ、説明を始めた。聞き終わり、弁護士にお礼を言って、彼が「奥様、早く見つかるといいですね」と言って帰り扉がバタンと閉まる音を聞くと、篤はにやっと笑った。途中まではどうなることかと思ったが………やっぱり、弁護士は頼りになる。

上機嫌で渡された書類をケースにしまいながら、ふと彼は有芯に言われた言葉を思い出した。



“………あんたがそうだから、朝子は見限って出て行ったんじゃないのか?!”



彼は書類でトンと机を叩くと、苦笑した。

「……違いないな。しかしだからといって、俺も諦めるわけにはいかないんだよ……」




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